海辺のたより

海水浴事始め

大磯海水浴場は、明治18年に初代陸軍軍医総監の松本順によって開設されました。
松本順は、順天堂(順天堂大学の起源)を開いた佐藤泰然の子息です。

 

当時の海水浴は、岩場の所々に立てた鉄棒につかまり、潮に身体を打たせて刺激を与え、海辺の新鮮な空気を吸うことで健康増進を図るというものでした。いわば海で湯治をするようなものですね。

 

 

明治33年に作られた鉄道唱歌に、「支線をあとに立ちかえり、わたる相模の馬入川。海水浴に名を得たる、大磯見えて波すずし。」と歌われています。

 

東海道線本線の横浜、国府津間は、明治20年に開通しましたが、大磯駅は開通と同時に開業しました。

 

大磯駅は当初の計画にはありませんでしたが、松本順が伊藤博文に相談し、何より海水浴場に近い場所にということで、大磯駅が設置されたそうです。

 

大磯駅の開業により、海水浴客は増え、政財界の大物たちがこぞって別荘を建て、保養地としての大磯の名が全国に広まりました。

 

 

現代はというと、湘南の海水浴場で駅から一番近いところにあるのに、大磯に比べて逗子、鎌倉、江の島や茅ケ崎の方が海水浴客で混雑している様な気がします。

 

最近では、若者を中心に「海離れ」か進んでいるようです。レジャー白書によれば、平成27年の全国の海水浴人口は約760万人で、平成19年の約2040万人に比べ、半分以下に減っています。

 

海辺のすばらしい景色を眺め、千里寄せ来る海の気を吸えば健康になれるのに、嘆かわしいことです。