海辺のたより

落花生事始め

千葉県に住んでいた頃、団地の裏は一面、落花生畑で、夏に風が吹くと、土が舞いあがって、家の中が細かな土埃でザラザラになった記憶があるので、落花生と言えば千葉と思っていました。

 

神奈川県は、落花生の生産量では、千葉県、茨城県に次いで3番目ですが、落花生の国内栽培の発祥地はというと大磯だそうです。「相州落花生」として、神奈川県の名産100選、神奈川県の未来遺産100選に選ばれています。

 

 

ここ大磯の地で、日本で初めて落花生の栽培を始めたのは、渡辺慶次郎という人です。慶次郎が落花生に初めて出会ったのは明治4年のことで、当時は、異人豆や南京豆などと呼ばれていました。

 

そう言えば、明治生まれの私の祖父も、落花生と呼ばず、南京豆と言っていたことを思い出します。慶次郎が横浜に行った際、お茶うけとして出されたのが落花生で、あまりの旨さに、自分で育てようと思い、1粒持ち帰り、庭に播いたそうです。

 

それから、試行錯誤を繰り返し、2年後には落花生栽培の目途がついたので、大磯や平塚の店に落花生を試食で持ち込んで販路を拡大し、人気を得ていったそうです。

 

大磯には「豆よし」さんという落花生専門のお店があり、お年賀やお土産によく利用します。ここ大磯の落花生は、「あとひき豆」と呼ばれるほどおいしく、ついつい食べ過ぎると鼻血が出てしまうほど精が強いそうです。